久しぶりに友達と会った。

子供の頃からの幼なじみだ。

苦しくない距離感でずっと

付き合っていて

いまの体調でも

安心して話せる仲。

正確にはライフバランスが変わって

普通に嫌だと思ったりしたときだって

あったと思うけど

たぶん価値観や優先順位変わった時期に

物理的にも気持ち的にも

距離があったのがいま考えれば幸いで

いままでどうにか続いてる。

たぶんこれが近くて

互いに依存していたら

いまの関係はない。

 

私の現状を彼女は知ってる。

ここで書いてるような

自分に対する本音までは知らないにしろ

 

わたしは彼女に

いままで友人関係や家族関係

仕事関係でずっと自分の役割を

意識して振る舞っていた

自分の気持ちを優先するよりも

(顔に出やすいし嫌なことは

本能的に避けてきたとはいえども)

役割や居場所に

軸を置いていた自分に

疲れてしまったことを

あっさりと話した。

 

その会話をしていて

強く感じたのは

いまさらというか

境界線パーソナリティー症候群

疑った時期から自覚しだしてはいたが

 

わたしは、

誉めなくてもいいから

認めてほしかったんだな

それは役割をこなす自分

家事や家のことや

仕事の一部でも

なんというか

不器用に頭振り絞って

やってることを

なんというかどうにか

形にしようと自分なりに

やっていたということを。

こんなこというと甘ったれと

思われるかもしれないけど。

姉と同居してたとき

普段はしないミスや

気持ちが緩んで手を抜いたとこを

指摘されたり元々のおおざっぱさを

指摘されたとき。

体調悪いのに

お米研いで、研ぐ前に

床にこぼしてしまったお米を

拾ってゴミ箱にすてた。

私だって捨てたくなかった。

だけど、もう床に落ちたお米みた時点で

涙がとまらなくなったことを

彼女は知らないし

彼女の言い分は正論だし

だけど、私だって自分の理想のとこまで

できなくて悔しくてそれでも

なんとか形にしたかったのに

それで拗ねれば、はっきりいえよと

暴言をはかれて、いや分かるよ

不快だったと思うよ。

だけどこっちだってかなしかった。

それを上手く伝えられない

床に落ちたお米をみて泣いてしまう

そんなメンタルまで追い込まれていた

自分を上手く伝えられなかった自分の

やるせなさ、分かるよ全てこの世界は

言葉だからね。わかってるよ。

 

もちろん私だっておなじことを

逆に姉にしてたかもしれないし

お互い様だし

どっちが悪いとかじゃないけど

 

なんというかできたことを

誉めたり、感謝してほしいんじゃない

そんなことしたらわたしはもっと

頑張ろうとしてしまうから。

そうじゃなかったんだ。

たぶん、もっと

不器用なのに

よく涼しい顔で

(時々不機嫌余裕なんて

ないけどさ。そんな

できた人間じゃないけどさ)

 

やろうとするよな。

もっと肩の力ぬいてもいいんじゃない

頑張ってるよ。知ってるよ。

なんでもいいけど

そういう本質をもっと

しってほしかったんだなって。

 

そこを押し込めたのは

間違えなく自分だし

 

周りを責めたいんじゃない

姉とお米の話も実際あった

例えとしてはじめに頭になぜか

浮かんだエピソードだったから

もちろん、姉を否定してない。

姉も含めて皆それぞれに

ちゃんと人格があって

だけどね、私にも

人格はあったんだよ。

そのことにずっとずっと

気づかずに気づかないふりして

ここまできてしまったんだよ。

ダメな自分を

認められずに

知らないふりして

わたしはわたしなりに

だめをカバーして演じることで

戦ってきたんだよ。

 

あぁ、書けば書くほど

未練ったらしい。

だけど、シンプルに

その友達と飲んでて

あぁ、認めてほしかったんだな私はって

気づいてしまったから。

気づいてたけど

ポロリと思ってしまったから。

 

家族には感謝してるし

母なんかは理解してくれようと

私のこういう話を

ポロポロとへたくそなりに

ポロポロと振り絞って出す

この手の話を聞いてくれる。

抱き締めてもくれた。

 

姉妹もなにもいわないけど

傷物にさわらないと

言われればそこまでだし

甘いやつと思われてるかもしれないし

ワンオぺ育児をする別の姉の

なにげない言葉に

たまーに傷つくし

家事でも生活する上でも

私が大切にしてきたものや

自分なりに守ってきたものを

否定された気がした瞬間があった。

でも考えてみれば同じ屋根のしたで

生活したのなんて18歳までで

入れ違いで入れ替わって

5年以上離れていたわけで

その前だってさほど家にいない人で

会話すらなかったしきまづいだけで

しかないのだ。そんな空白のうえで

そもそも生活を共存しろと言われても

私には悪いけどムリだった。

まだ会話や一緒にいる時間が多かった

お米の件のまた別の姉ですら私は

こぼせなかったわけだから。

 

とにかくどんな形であれ

家族の理解には感謝してるけど

正直、罪悪感と後ろめたさしか

いまは存在しないのが現実。

 

 

だから、ひさしぶりに

外の人と会って話して

シンプルにこぼれるように

なにかに

ハッと気づけるような

経験って最近してなかったなと

よかったなって。

長々と湿っぽい内容書いてしまって

ごめんなさい。

 

とりあえず、いまの私は

自分の取りこぼしてきてしまった

内面一つ一つにすこしずつ

向き合ったり抱き締めてあげたり

それが今の自分のやることだと

思っているので

こういうことをこれからも

記録していくと思うし

愚痴でも悪口でもないです。

自分のなかのなにかを

説明したり整理するために

過去のことや心境を

綴っているので

そこはご理解いただきたいです。

 

それぞれ人格があるように

自分の人格を

尊重できないやつが

相手なんてないと思うし

 

 

それにしても暑くなった。

七月は大好きな人たちの

誕生日が続きます。

みなさん、おめでとう。

そして、ありがとう。

 

またね。