小さな魔法のコトバ

 

 

私は、木皿泉さんのドラマが好きだ。

 

知らない方のために

プロフィールは貼っておく。

木皿泉 - Wikipedia

元々、和泉務さんと妻鹿年季子さんの

共同ペンネームであり

1990年に「やっぱり猫が好き」で初共作

その後、2003年に日本テレビで放送された

「すいか」で連続ドラマに進出。

それから2,3年ペースで連続ドラマを

この世に送りだされている。

野ブタにプロデュース」「セクシーボイスアンドロボ

「Q10」「昨夜のカレー、昨日のパン」

「富士ファミリー」

ラジオドラマ、舞台も加え

今までに小説を2作発表するなど

多方面での活動もされている。

 

私は連続ドラマと小説を中心に

木皿さんの作品に触れてきた。

 

面白いのは

例えば連続ドラマにしても

同じく木皿さんの作品の

ファンの方の中でも

思い入れがあったり

スキだという作品が

バラけるなって

そういう印象を受けたこと。

 

 

私なんかの話しでいえば

作品との時系列と並行して

お話すると、まず学生時代に

野ブタにプロデュース」が

周りでとても流行っており

それは出演していた

亀梨くん山下くんの

ファンの子も含めて

全体含めてブームだった。

 

 

今回は私が木皿さんのなかで

苦手だったドラマ「野ブタにプロデュース」

についてすこし書いていこうと思う。

 

 

正直いってしまうと

木皿泉という脚本家を意識したのは

野ブタの二年後に放送された

セクシーボイスアンドロボ」のほうで

熱心に見ていた記憶が強い。

 

 

 

野ブタに関しては

多感な時期に

クラスカーストの物語を

見ること自体がまだ

息苦しかったところがある。

 

原作者である白岩玄さんは

のちにエッセイのなかで

当時ドラマ化について

原作と形が変わったことに対して

複雑な心境を綴られていた。

 

「第一話の脚本が送られてきた。さっそく読んで見たのだけど、どうも何かひっかかる。(中略)それ以降、送っていただいた脚本とビデオで毎週内容をチェックしていたものの、そこまでの興味は持てなかった。最初に感じた違和感が拭えなかったし、あとがドラマの「野ブタ」の方が、原作の小説よりも面白いと言う人が多いことにすねていたのだ。」

 

それからあるシーンで心境が変わったことも語られている。

 

亀梨くん演じる主人公である修二が

戸田恵梨香演じる恋人を振るシーンである。

 

「この先、私を好きになってくれる可能性はないのか、と訊く女の子に対して、主人公が辛そうに顔を歪め、「ない」と答える。そこまでははっきり言うのかと驚いたのだが、原作の主人公が抱えている他人に理解されない苦しみは、まさにそういうものだったのだ。何度も巻き戻しながら観て、木皿さんはちゃんと理解してくださっていたんだなぁと強く思った。情けない話だけど、そのとき初めてドラマの「野ブタ」に感情移入できたのだ。」*1

 

私は原作は読んでいない。

だけど、白岩さんが感じたこのモヤモヤに

近いものを感じてた気がする。

木皿さんの描く肯定感であったり

メッセージなきメッセージ

そういうものを否定するわけじゃないけど

あまりに教室の距離感が

自分と近かったのもあると思う。

ただ、終盤にかけて作中で

野ブタに近づき、ジワジワと

精神的に関係を壊していく

クラスメイト、柊留美が演じた

蒼井かすみのシーンを思い出した。

全てがあらわになり

屋上から飛び降りようとする蒼井

「許してくれるなら死なない」と

持ちかけてくるがそれに対して

堀北真希演じる野ブタ

「許さない」と言い切る。

そのあと、修二に「許してほしいなんて

思ってないんだろう」と確信をつかれ

結局彼女は死ななかった。

 

それを観たときに

私はこの作品を初めて

ブームとしてのものでなく

ちゃんとドラマとして

観ることができた感覚があった。

 

白岩さんと同じなんていったら

凄くおこがましいけど。

 

野ブタが放送されていたのが土曜日9時台で

翌週の月曜日、ドラマの

話題で持ちきりになる教室。

出演者たちへの感想。

野ブタパワー注入!」と作中の

セリフとポーズをマネする女の子たち。

そこにしかフォーカスしてない

クラスメイトに対して

内心冷ややかな自分がいたし

ドラマの感想を語るような

感じではなかった

 

私が抱えていたモヤモヤと

それが合致してしまった感じも強い。

野ブタカーストや空気を読む風習、

匿名性を付いているドラマだったし

 

あの教室の子たちと

ここの教室の子たちが

ダブって見えてる自分がいた。

 

 

木皿さんがドラマのなかで

掛けてくれていた見えない魔法の言葉

 

 

 

 

もっともっと小さなところでたくさん

 

セクシーボイスアンドロボでも

Q10でもすいかでも

そんな魔法がたくさんあったのに

 

なんでこの作品だけ

いまさら気付いたんだろう。

それに気付いた瞬間は

ちゃんとあったのに

 

本当は、人生で

死ぬときまで観ていたいぐらいに

大切でスキな「すいか」

ついてかこうと思っていた。

スキなものはいくつでもかける。

同時にきらいなものはどうだろうと思った。

どうしてそれが苦手なのか

そこを掘り下げることは

自然と過去を掘り下げることにもなる。

心のどこかで

野ブタに対してずっと

そういう気持ちを抱えていた

その罪悪感をおろしたいと

そんな思いも強くあった。

私はあのころ

ここではないもっと

遠くへ行きたかった。

実は野ブタというドラマは

本来そういうドラマであったこと

許す許さない

それ以前に

淡々と受け入れること

受け入れないこと

流すこと

気付けば流れていくこと

 

たぶん本能的に感じてはいたから

別のところで盛り上がる

その周りの反応に

凄く嫌悪を抱いてたのかもしれない。

 

 

 

大人になってこそ

見返して欲しいドラマでもあるのかな

SNSや目に見えない

マウンティングされるような

こんな時代だからこそ

観て欲しいななんてことも思う。

 

 

 

野ブタから

木皿泉から

いや、他の作品からでも

俳優さんや小説からでもいい

 

そこから世界が広がることが

とても素敵なことで

 

そこきっかけが

野ブタだった人は

また幸せだなって思うし

私はまた別のルートだったけど

そこからまた野ブタへと

繋がれることが出来た。

 

 

あと、話しは反れるが

ジャニオタにもなった。

 

 

あのころよりエンターテイメントの

見方が世界が広がったことが

なによりも嬉しい。

 

 

ここじゃないところに

行きたいと思いつつ

自分を閉ざし

ギスギスしていた昔

 

 

カテゴリーやジャンルを越えて

楽しめる自分のほうが

すきだし気が楽だし

とても楽しい。

 

 

 

木皿さんはたぶんそれを

すでにやられていた。

ご本人はブレていないけど

まわりに制作側にゆだね

戦いながらも

ひとつひとつ作られてきたのか

 

 

罪悪感の荷物は

すっかり下ろしたけど

その頃の気持ちも大切に

覚えておけたらなと

今は思うのだ。

 

蒼井に「許さない」と

いいきった野ブタ

三人の絆に打ちのめされた蒼井も

修二もアキラも

忌野清志郎夏木マリ

みんなみんな

 

 

次このドラマを見たとき

もっと優しい気持ちに

なれていればいいな

 

ありきたりな言葉で

締めくくることになったのは

どうかお許しください。

 

 

「すいか」の記事が書けたらいいな。

読んだばかりの「さざなみのよる」も

いつか書けるといいな。

 

また木皿さんの魔法も観たいな。

時間かかっても構わないので

ゆっくりとお待ちしているので

楽しみにしております。

 

 

 

 

野ブタ。をプロデュース DVD-BOX

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すいか DVD-BOX (4枚組)

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さざなみのよる

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*1:【文藝別冊 総特集 木皿泉~物語る夫婦の脚本(これまで)と小説(これから)~】エッセイ『ドラマ化のこと/白岩玄』より