みんな、ひとり

 

 

わずらわしいもの

この世にはたくさんある

そのひとつが家族だといえば

親不孝と言われるだろうか

うん、言われるだろうね。

 

子供の頃、家族団らんで

ごはんを食べてるとき

ふと、どうしようもなく

1人になりたくなる瞬間があった。

遠出も同じで当時

常に車酔いを抱えていたこともあったけど

1人で時間を潰す術を覚えると

それがとてつもなく自分のなかで

救いにもなった。

あの頃、すり減るほど

読んだ本とか漫画とか

聞いていた音楽とか

忘れることはない。

その反面、いま思えば

三人姉妹の末っ子で

私は育ちが遅いという部分でも

手のかかる子だったし

愛情はかけてもらえてた。

恵まれた環境だった。

それでも優秀だったり

個性的だった姉妹をもって

とりえなどひとつもなく

空想がすきなそれだけの

生きていく力が人より

どこか乏しくて心ぼそい

私は劣等感が消えることはなかった。

そんな私が覚えたのは

【1人でいるということ】

だったのかもしれない

団らんから離れたい

あの願望も近いのかもしれない

それはもちろん前提として

強制することなく

気にかけてくれる家族がいたから

できたことで甘えていたのは

承知です、わかっています。

幼い頃の私はそうすることで

愛情を確認していた節が

あったのだとおもいます。

 

外の世界では、

友達のいざこざに巻き込まれても

淡々と自分のなかの世界や

図書館や物語や幻想を

静かに信じ、そこだけは

なにがなんで他人に

染められないよう保つことも。

仕事ですり減ったあと 

午前中、どんな気持ちでも

1人で陽のあたる外で弁当を食べたり

車だったり行きつけのお店で

ランチをたべることや眠ることで

自分のなかの何かを

保とうとしてたこと

給湯室や休憩室で誰かと

世間話をしながらペースをあわせて

時間を過ごすということが

どうしてもできなかった。

そういう協調性は持てなかった。

仕事で協調性を保てる

そんな自分を演じてるなかで

(実際に演じられていたかはおいといて)

そこまでやってしまったら

自分のなかで何かが

死んでしまいそうで怖かった。

 

ひとりでいるのは実際にすきだ。

ひとりでいろんなとこに行くのは

だいすきだった。それが

遠くになればなるほど

楽しかった。

実際に遠くまでいけた。

 

 

 

ひとりでいることが

平気な人間にみられたかった。

凛としていたかった。

実際にどうみえていたかわからないが

 

 

 

 

そんなことで確実に失ったものも

忘れてしまったものもあるなかで

 

次第に成長につれて

散らばっていた家族が

また姉妹の結婚や出産で

集うことがふえてまた家族になる

 

それは楽しいことなのかと

おもっていたがそれはちがくて

私にとっては苦痛に感じることが増えた。

そんなふうに思ってしまう自分にも

がっかりした。どうも合わせようとすると

職場の昼休みの休憩室が嫌だった

あの頃の気持ちに近いものが出て来て

 

一度、離れる選択をして

だけど身体を壊して逆戻りしての今です。

 

 

 

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