好きが繋いでいく世界

 

【多幸感】とは元々、

精神疾患などで用いられる

用語のひとつらしく、つまりは

気持ちがハイになってることであるらしい。

こないだお得意の知恵袋先生で

なにげなく検索をかけたら

そんな風に出てきてびっくりした。

なぜなら、最近ジャニーズWEST

みたときにこの多幸感という言葉を

よく使っていたから。

始まりは別のジャニーズWEST

オタクの人がTwitterでライブかリリースかレポかなんだったかはもう定かではなかったがわりとこの言葉を使っていて目にすることがありそれが自分がなかなか言語化できないジャニーズWESTへの気持ちを上手く表現していて共感できたのが大きかったんだと思う。TwitterSNSにおける人気のオタ垢さんってこのへんが上手く不特定多数に言葉としてしっかり刺さってバズることでより多く市民権を経て拡散されていく感じもする。

話が反れてしまって申し訳ない。

 

つまりは、そういう経緯で

使っていた多幸感というワードの

本来の意味を知ってわりと今動揺してるわけで、日本語って難しい。大人といわれる人たちが使ってるもっともらしい日本語や敬語も実は語源や過去を遡っていくと実は違ってたなんてことも多いから日本語ってややこしい。日本語を勉強されている外国の方々って本当に凄いんだな。マジ卍

おっと、また話が反れてしまった。

あとマジ卍の使い方、あまり突っ込まないでください。たぶん違うことはわかってるので。しょうがない、いまは多幸感で溢れているから。

 

話を戻して、わたしはジャニーズWESTに多幸感というものを感じていたつもりでいたがそれは彼らは最後までしっかりと言葉と態度で幸せをくれてしっかりと手を握ってくれてオタクを置いていかない、どうしても埋められないアイドルと応援するオタクの溝を軽々と越えていくような魔法をかけてくれる。錯覚であるかもしれないが。本人たちもよく言うように「クラスに一人はこんなんおるよなってやつが集まるグループ」「国民の友達」など気兼ねない距離感を提示してくれる。稀有なグループでもある。そういう部分で多幸感だったわけだが

 

実際に考え直してみたら

常に好きな人たちをみて

熱狂して胸が高鳴る時点で

私の気持ちはハイであって

その時点で多幸感は成立していたのだ

そもそも、知恵袋先生の言葉に乗っかれば

 

 

となるとあの気持ちはどう形容すればいいのだろうかとぼんやり考えるわけで「幸せ」といってもいいのかもしれないし「一瞬の夢」ともいえるしまた人によって変わってくるのだろうか。

 

ふと歴代のジャニーズにおける

遍歴を思い出す。子供の頃テレビで

漠然とかっこいいと思ってたものを除くと

私の始まりはKis-My-Ft2だった。

2013後半から2015前半だろうか

バラエティー大好きだから

潔い格差売りやめちゃイケ

罰ゲームで満員電車に

もみくちゃにされたり

キスマイブサイクという番組の

インパクトやたまに出る

「チョーカッコイイ」の想像以上の威力

なによりも棚からぼたもち

応援したくなったし

キスマイのおしゃれな楽曲は

ハマっていった。

いざ、自担ができるとやっぱり

苦しいなと思うこともあったが

あの強さに元気をもらえたし

がむしゃらな舞祭組に

私も奮起させられた。

距離が離れた今でも

彼らが7人同じ衣装で

ほぼ平等のカメラ割りで

たまにのバラエティー班や

他のジャニーズにはない

またジャニーズWESTとは違った

板がついてきた笑いに対する空気感を

見ていてほほえましくもなる。

それはここ一年ぐらいの話。

離れた直後は、燃え尽きにも近かった。

当時の自担は千賀くんだったんですが

シンメである二階堂くんと一緒に

アルバム曲でユニットを組めたとき

それをライブで披露したあの瞬間

なによりも初めて Double up を

イヤホンで聞いたとき

自分のなかで一気に力が抜けた気がした。

そのすこし前から正直離れていたが

自分のなかで成就してしまったのだ

かっこいい千賀くんをみるまでは

オタクやめられない、意地にも近いような

どんな理由であれ私のなかのきっかけは

あきらかにそこであったことは間違えない。

今まで続けてきた

ファンの人からしたら怒られそう。

だけど義務になるのも違うから

人の転機は驚くほど

あっけないし

想像以上に人とすれ違う。 

恋愛ドラマの最終回前の

放送回の残り15分の怒濤の展開みたいに。

まぁ、だから最終回は

あんなに盛り上がるんだと思います。

 

だけど、すきだったあの時間は

とても大切な宝物として

いまもしっかりと残ってる。

あのとき感じたものは

忘れたくない。

苦しいな思うこともあったけど

あの時間まるごと

幸せだったんだなと

時間が経った今

テレビで彼らを見るたびに思う。

 

おっと、また話が反れてしまった。

これはけして担降りブログではなかった。

 

 

多幸感の話だった。

わたしはジャニーズ以外にも

ハロー!プロジェクトも好きだ。

ハロプロオンリーのときは

男性アイドルにお熱をあげることはないと

思っていたが、人生わからない。

 

わたしはジャニーズという世界に

いままで味わったことのない多幸感に

出会い魅了されていった。

 

世の中でいうことのドルオタの末路に

ビクビクしていた側だったが

彼らの歌やパフォーマンスをみることで

会えることがなくてもこの世で

確実に生きてる、存在している

その事実だけで自分のなんてことない

人生のなかの微かな励みになる。

アイドルの定義や価値は人それぞれ。

だけど、アイドルという存在を

知れたことで極端に浴びせられる

イメージや偏見やこのクソ情報社会で

人知れぬものと戦いながら

ものをつくりあげていく。

等身大の過程を見れたことで

 

いままで自分がすきだった

他のジャンルのものに対しても

知った気になっていた傲慢に気がつき

エンターテイメントは他人を救い

エンターテイメントに救われた人が

また新しいものを作り出す。

過剰なエキセントリックな表現すら

すべて含めて

エンターテイメントとは

本来とても優しいものなんだってこと

 

そういったものに多幸感を感じれる自分はラッキーとすら思う。人間にとって一番楽なことは感じること気づくことをやめることだ。傷つかないから。仮になにかに傷ついてそうなったとしても苦しくても感じなくなることに慣れてくると戻すときに戻ろうとしたときにとてつもなく気の遠くなる修復作業をしなければいけなくなる気がするのだ。自分がそうなったときにその事実を知って経験して感じなくなることって怖いと身をもって実感した。

 

なにが精神疾患医療用語だ。

上等じゃねーか

脳からこんなに高揚する

気持ちになれることなんて

私の日常生活において

早々に起こらないぞ。

歩いてたら急に落とし穴に落ちたり

イケメンとぶつかって恋が生まれたり

宝くじが当たったり

そんなことが起こるほどの

運を持ち合わせていない凡人だから

 

多幸感、上等だわ

 

 

歌や躍りや笑いや芸術文学を

信じられなくなった世界は

戦争しか起こらないと思うよ。

 

いつか離れるとしても

別のものを追いかけるとしても

大切な人ができても

 

好きになったことを誇りたい。

幸せを貰ってばかりいるけど

感謝しかでてこないけど

まだ答えはみえないけど

なにか恩返しが出来たら

そういうのが微量でも

伝わる場面がいつか訪れることがあれば

好きだということに胸を張っていたい。

少ない確率かもしれないけど

広いステージから見える

大勢の小さな一粒として

そこにいれたら、それは

とても幸せなことですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

遅くなりましたが、

ジャニーズWEST

デビュー4周年

おめでとうございます。

 

 

多くの幸せを感じさせてくれて

本当にありがとう。

これからもゆっくりと

歩いていってください。

 

 
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