生理がきた。

季節環境温度管理

そのときで症状がばらつく。

 

対処に慣れてきたと

思ったころに

横殴りで別の現象がくる。

 

ここ20数年そんなことの

繰り返してきた。

 

25歳越えたあたりから

具合が悪くなる箇所や

ダメなものが増えたときに感じた

絶望感に近いような

なんというか女という性を

憎みたくなるような

とにかく怒りと絶望が

一ヶ月に一度は

なにかしたら発生するわけで

よくいままで耐えてこれたなと思うし

よく女なんて続けてこれたなって

感心してしまって今さら

いまはいろんなことを

お休みしてるからまだいい

仕事してたときは

オフィス仕事のころは

異常に暑がりの上司が

20度~23度ぐらいまで

冷房をかけていたから

真夏でも長袖きていたし

お腹も腰もしんどかった

だけどタスクはこなさなくちゃ

いけないから必死に

重い体、ひきづってやってたなって

もっとあのとき文句いってもよかったなって

冗談まじりじゃなくて

それぐらいのレベルだったのに

なんであんなに我慢してたんだろう

なんてことも考えるし

 

逆に接客業のときは

たち仕事がきつくて

薬が切れるタイミング

薬を飲みにいくタイミング

トイレ休憩すら十分にいけなくて

なんかいろんなものが

噛み合わなくて

しんどかったかって記憶。

 

暖房な室内で

先取りした冬もとの

厚手を着なくちゃいけない地獄

寒い時期に先取りした

薄手の春物を着なくちゃいけない地獄

 

思い出せば出すほど

意味が分からない。

 

 

こんな重い生理痛や症状を抱えて

なんつーことをしてたんだと

 

それが理由か分からないけど

年々重くなってる気がするし

あの頃もうすこしいたわってれば違った?

よく分からないが。

 

婦人科は好きじゃない

いちばん初めに別件で

受診した女医の感じが悪すぎた。

たぶんトラウマなんだろうな

男性の先生がいいわけじゃないけど

女医に良い印象がない

大きい病院の別の専門医も

そんな感じだった

私の運が悪いんだろうな

 

女医のみなさんが

みんなそういうわけじゃないことは

もちろんわかってますが

 

 

病院って誰しも

そういうのわりと

ある気がする。

人か病院自体かは

またそれぞれ別の話として

 

 

長々とかいてしまった

またジクジクしてるお腹。

おねがいだから薬がっつり効いてください。

さっきまで首から上が異様な冷汗が

止まらなくて、それはすこし

落ち着いてきた。吐き気も

すこし落ち着いてきた。

 

このままゆっくり

薬が効いてきて

すこし眠れて

薬が切れたころに

目が覚めてまた薬のんで

 

そんな繰り返しなんだろな。

 

自分の体は他人。

精神も肉体も

私だけど私じゃない。 

 

いろんな意味で

調子のよさと絶望が

同居してる。

 

月に一度あるこのときは

物凄く絶望くるし

怒りもくる。

とくに始まりの二日間。

痛みって怒り湧くから不思議だ。

わたしがわたしじゃないみたい

それもそうか、他人だもんね

 

理屈をこねてみる。

まとまりない文章でごめんなさい。

 

 

うまい付き合いかたが

みつかるといいな。

 

じゃあね。

 

 

 

 

 

 

 

セブンルールやってみた。

 

以前、有名なジャニオタブロガーさんが

ある番組になぞらえて

ジャニオタセブンルールというものを

されていたのが拡散された。

という訳で私も

乗っかってみようと思います。

 

まずはジャニオタセブンルール

①推しも応援してる自分も

永遠ではないことを頭に置いとく。

 

 

これはオタクをやってる限り

永遠の課題だと思います。

自分は案外飽きっぽいというか

熱の上がり下がりが激しいことを

自覚しているのでそういう意味でも

とりあえず今は大切にしたい。

あくまで自分が詰んでると

思わない距離感とペースで

今を大切にしたい。

 

②聴きたいもの見たいものは迷わず買う。

 

 

自分にはどうも所有欲があります。

厄介なのは集めて満足してしまって

数多く手をとらないということ。

だから自分の中で「ほしいもの」という

感覚はあまりアテにしてないです。

なので「ほしいものは迷わずに買う」

ではなく「聴きたいもの、見たいもの」と

しているのです。ニュアンスはひとそれぞれ

違うけど、前者だと全盤揃えたくなるし

それもいいけど満足したいのではなく

楽しみたいというのがベースで

自分としては後者のほうが

そういう部分を大切に出来るとこがある。

 

③落選した現場に未練は持たない。

 

 

元々、そんなに多ステはしないですが。

ライブとかは当たればラッキーかな

ぐらいの感じというか。もちろん

当落の日はドキドキしますよ。

外部の舞台だけに関しては

一般発売には賭けるぐらいで

もしお誘いなどあって可能であれば

それも、ただチケツイなどはしないです。

 

④情報は取り込むが批判は取り込まない。

 

 

SNSですね。批判などは自分もし出すと

止まらなくなるし結果良かったことはない。

色んなタイプのオタクがいるし

いるんだと留めとく。

ムリな付き合いはしない。

自分のペースで。

ただ素敵だなと思う人や考えには

いいねやアクションを。

批評も良かったことは呟く。

 

⑤リアタイや追うことを義務にしない。

 

 

録画で対応です。

そもそもローカルだと

追うにも追えないし

ネット社会だからどうにか

追うことも可能でしょうが

義務にすると苦しくなりますからね

割りきることで気持ちは楽に。

 

⑥アイドル以外の娯楽も楽しむ。

 

 

もともとアイドルカルチャー以外の畑にいたからこれはわりと自然なことで。本も映画も好きだし、インディーズもマスに優劣もない全てなんやかんや繋がってるとここ数年で感じることが増えたのも大きいです。エンターテイメントって楽しい。

 

⑦体調第一、アイドルはあくまで

日常の彩りのひとつ。

 

 

一番大切。切実に。

好きな人や音楽に背中を

押してもらったり励まして

もらうこともありますけど

そこを切り離して

自分が主役なわけで

どうしてもオタクやってると

自分は観客モブ

推しが主役みたいな

感覚になりますが

プリンシパルは自分です。

(byいくえみ綾&ジャニーズWEST)

 

ズラズラとあげてみました。

とくにたいした内容ではないですが。笑

ジャニーズ以外にも現在進行形で

色んなオタクをしてきて

なんとなく出来上がった意識ですね。

日常と娯楽の比率

純粋に楽しむこと

いろいろ考えさせられました。

 

最後まで

ご清聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

久しぶりに友達と会った。

子供の頃からの幼なじみだ。

苦しくない距離感でずっと

付き合っていて

いまの体調でも

安心して話せる仲。

正確にはライフバランスが変わって

普通に嫌だと思ったりしたときだって

あったと思うけど

たぶん価値観や優先順位変わった時期に

物理的にも気持ち的にも

距離があったのがいま考えれば幸いで

いままでどうにか続いてる。

たぶんこれが近くて

互いに依存していたら

いまの関係はない。

 

私の現状を彼女は知ってる。

ここで書いてるような

自分に対する本音までは知らないにしろ

 

わたしは彼女に

いままで友人関係や家族関係

仕事関係でずっと自分の役割を

意識して振る舞っていた

自分の気持ちを優先するよりも

(顔に出やすいし嫌なことは

本能的に避けてきたとはいえども)

役割や居場所に

軸を置いていた自分に

疲れてしまったことを

あっさりと話した。

 

その会話をしていて

強く感じたのは

いまさらというか

境界線パーソナリティー症候群

疑った時期から自覚しだしてはいたが

 

わたしは、

誉めなくてもいいから

認めてほしかったんだな

それは役割をこなす自分

家事や家のことや

仕事の一部でも

なんというか

不器用に頭振り絞って

やってることを

なんというかどうにか

形にしようと自分なりに

やっていたということを。

こんなこというと甘ったれと

思われるかもしれないけど。

姉と同居してたとき

普段はしないミスや

気持ちが緩んで手を抜いたとこを

指摘されたり元々のおおざっぱさを

指摘されたとき。

体調悪いのに

お米研いで、研ぐ前に

床にこぼしてしまったお米を

拾ってゴミ箱にすてた。

私だって捨てたくなかった。

だけど、もう床に落ちたお米みた時点で

涙がとまらなくなったことを

彼女は知らないし

彼女の言い分は正論だし

だけど、私だって自分の理想のとこまで

できなくて悔しくてそれでも

なんとか形にしたかったのに

それで拗ねれば、はっきりいえよと

暴言をはかれて、いや分かるよ

不快だったと思うよ。

だけどこっちだってかなしかった。

それを上手く伝えられない

床に落ちたお米をみて泣いてしまう

そんなメンタルまで追い込まれていた

自分を上手く伝えられなかった自分の

やるせなさ、分かるよ全てこの世界は

言葉だからね。わかってるよ。

 

もちろん私だっておなじことを

逆に姉にしてたかもしれないし

お互い様だし

どっちが悪いとかじゃないけど

 

なんというかできたことを

誉めたり、感謝してほしいんじゃない

そんなことしたらわたしはもっと

頑張ろうとしてしまうから。

そうじゃなかったんだ。

たぶん、もっと

不器用なのに

よく涼しい顔で

(時々不機嫌余裕なんて

ないけどさ。そんな

できた人間じゃないけどさ)

 

やろうとするよな。

もっと肩の力ぬいてもいいんじゃない

頑張ってるよ。知ってるよ。

なんでもいいけど

そういう本質をもっと

しってほしかったんだなって。

 

そこを押し込めたのは

間違えなく自分だし

 

周りを責めたいんじゃない

姉とお米の話も実際あった

例えとしてはじめに頭になぜか

浮かんだエピソードだったから

もちろん、姉を否定してない。

姉も含めて皆それぞれに

ちゃんと人格があって

だけどね、私にも

人格はあったんだよ。

そのことにずっとずっと

気づかずに気づかないふりして

ここまできてしまったんだよ。

ダメな自分を

認められずに

知らないふりして

わたしはわたしなりに

だめをカバーして演じることで

戦ってきたんだよ。

 

あぁ、書けば書くほど

未練ったらしい。

だけど、シンプルに

その友達と飲んでて

あぁ、認めてほしかったんだな私はって

気づいてしまったから。

気づいてたけど

ポロリと思ってしまったから。

 

家族には感謝してるし

母なんかは理解してくれようと

私のこういう話を

ポロポロとへたくそなりに

ポロポロと振り絞って出す

この手の話を聞いてくれる。

抱き締めてもくれた。

 

姉妹もなにもいわないけど

傷物にさわらないと

言われればそこまでだし

甘いやつと思われてるかもしれないし

ワンオぺ育児をする別の姉の

なにげない言葉に

たまーに傷つくし

家事でも生活する上でも

私が大切にしてきたものや

自分なりに守ってきたものを

否定された気がした瞬間があった。

でも考えてみれば同じ屋根のしたで

生活したのなんて18歳までで

入れ違いで入れ替わって

5年以上離れていたわけで

その前だってさほど家にいない人で

会話すらなかったしきまづいだけで

しかないのだ。そんな空白のうえで

そもそも生活を共存しろと言われても

私には悪いけどムリだった。

まだ会話や一緒にいる時間が多かった

お米の件のまた別の姉ですら私は

こぼせなかったわけだから。

 

とにかくどんな形であれ

家族の理解には感謝してるけど

正直、罪悪感と後ろめたさしか

いまは存在しないのが現実。

 

 

だから、ひさしぶりに

外の人と会って話して

シンプルにこぼれるように

なにかに

ハッと気づけるような

経験って最近してなかったなと

よかったなって。

長々と湿っぽい内容書いてしまって

ごめんなさい。

 

とりあえず、いまの私は

自分の取りこぼしてきてしまった

内面一つ一つにすこしずつ

向き合ったり抱き締めてあげたり

それが今の自分のやることだと

思っているので

こういうことをこれからも

記録していくと思うし

愚痴でも悪口でもないです。

自分のなかのなにかを

説明したり整理するために

過去のことや心境を

綴っているので

そこはご理解いただきたいです。

 

それぞれ人格があるように

自分の人格を

尊重できないやつが

相手なんてないと思うし

 

 

それにしても暑くなった。

七月は大好きな人たちの

誕生日が続きます。

みなさん、おめでとう。

そして、ありがとう。

 

またね。

 

 

 

 

 

 

前世と余生と梅雨明け

 

自分の中の死というものを意識し

宿してしまってから

前世と死後というものを

考えるようになった。

最近はこのブログでも

心のバグに怯えたり

唐突にやってくる

虚無感や絶望や

途方もないものに

頭を体を持っていかれた時の

逃げ場というか

休憩所みたいになっている。

 

今までも転職はしてるし

なにもしない日々というものを

経験はしてきていた。

それなりに焦りやそのときしか

できない楽しみや経験や

リセットみたいな感覚だったが

いまはもちろん仕事も

そうだけど、人と話すのが

怖かったり余計なものを

ビンビン感じて弱ってく

自分が怖くてというものあるし

体を本当の意味で休める。

だからもう少し時間が必要だ

そういう意味合いでの休憩で

そうとらえてるが

前向きなときもあれば

そうでない前に書いたように

不安を上手く制御できないときがある。

 

 

 

今久しぶりに実家に帰ってる。

父母以外の苦手な家族がいる環境。

まぁ、ここを離れたときのような

苦しさはないんだけど

戻ってきてやったことは

ガラクタの整理です。

服 本 CD DVD 売ってきたり

部屋を整理することは

前からやってきたけど

以前はもし自分が死んだときに

迷惑をかけたくない

そういう身辺整理に近いもの

 

今回もその意味合いが

全く含まれていないといえば

嘘になるけど

 

 

常にメンタルは乱れてるんだけど

5.6月は特に乱れてまくってて

3.4月は体調的に乱れてまくってて

そんななかで

唯一、よしもとばななさんの

小説を読むことが一番

心落ち着く行為だった。

それでも先週今週はほんとに

ページが進まなくて

片付けを終えてから

いちよう、鞄にいれてきてたから

読み出して今あとがきまで読み終わり

このブログを開いてる。

 

本はスウィート・ヒアアフター

恋人を事故でなくし

自分も腹に棒が刺さりながら

生死をさまよい生還した

女の子のその後のお話。

死というものもだけど

この恋人は京都で芸術家として

活動してて遠距離恋愛

結婚手前までいってたという設定で

京都であってるときに

ドライブ中に亡くなる。

 

東京と京都が舞台だが

 

わたしは、少し前まで

京都にいた。

家を飛び出して

ボロボロになって帰ってきた。

この人物たちと全然違うけど

ある意味、京都は

つらい思い出が強い場所というのは

同じで、初めこの話を読み出したとき

心臓がバクバクした

そこでまだわたしはダメなんだ

全然、割りきれてないんだあの時間をと

いくら働きたいと思っても

焦ってもなかなか体が気持ちが

ゆうことを聞かないわけだ

こじつけかもしれないけど

これはダメだと

勝手に落ち込んだ。

 

 

もちろん、落ち込むだけの

この小説ではない。

この女の子は

事故の後遺症で

頭に傷ができてて

長かった髪を短くして

事故前と見た目も雰囲気も

変わってしまう。それは

わざとでなくて纏う空気が

変わってしまったという類いのもの

むしろ本質の自分への

戻っていくのだ。

 

恋人との別れや

後悔ということ以前に

 

彼女にとって事故前は

単純に前世

いまは余生みたいに

なってしまった。

 

そこから発せられる

心情や言葉は

軽くて明るくて

ただゆっくり漂って

ただそこに存在していて

 

重いものはあるのかもしれないけど

みんなで少しずつ背負ってけば軽くなる

 

 

 

自分が気持ち的に壊れてしまってから

なんとなく時間が止まっている気がしてる。

どれだけ前向きに考えても

後ろから影に覆われるみたいに

やってくるものたち。

自分のからだと気持ちと付き合えるのは

自分しかいないとわかってるけど

たまに海に飛び込みたくなる。

そんな感じ。

 

ただひとつ思ったのは

心が壊れたり

なんの躊躇もなく

死にたい、いまなら

死ねると思ってしまった

ナチュラルに死ねる

その感覚を知ってしまった日から

私の世界は一気に変わってしまったし

世界の外側を知ってしまった

 

京都で苦しかった時間とか

その前、この実家で

逃げ場のない苛立ちや

不安や悲しみや

自分はひとりっきりだと

感じていた、この場所が

苦痛だと感じだしていたあの頃や

仕事でもがいてた日々や

もっともっと昔

感受性とマイペースと

コンプレックスが混雑していた

窮屈だった、窮屈でなく振る舞おうと

していた思春期の小さな私とか

そういうもの

もう全て、前世で

いいんじゃないかって。

 

失敗して反省して省みて

やってきたつもりだけど

回りに馴染むために

社会で浮かないために

自分なりにしてきた

滑稽な努力も

(滑稽と思うのはどうしても

馴染めなかった部分があったり

振りかえってやっぱり

変人だったろうなと

冷静に思ってしまうとこがあるから)

 

そういうとこに

いつのまにか縛られて

自分が疲れてしまって

本来の部分を切り捨てて

受け行けられなくて

周りにも弱みをいえなくなって

ボロボロになったから 

 

だからもういいのかなって。

 

 

逃げてしまったときも

本質に向き合わず

向き合えず知らないふり

してきてしまった過去も

 

全て込みで

もう全て前世でいいな

 

これからの余生

上手くいくかはわからないけど

ここにいるだけの自分を

受け入れる作業にシフトするけど

もし死ぬにしても

苦しい逃げたいではなく

もう死んでいいやと

なんだろう、実際苦しいんだとは

思うけど誰も恨まずに死ねたら

私の死後もすこしは変わってくのかな

なんてしょーもないこと考えたり

いまだともしかしたら

恨みとか小さなフツフツとしたものが

漂ってるのかもしれないし

まぁ、実際これからどうなるか

わからないけど

 

もう余生でもいい。

あのとき私頑張ってたね

よく我慢したね

自分を守ろうとしたね

そうやって全て抱き締められたね

 

そんな感じ。

 

 

スウィート・ヒアアフター

終盤のほうで

 

今でいいのだ

辛い過去や後悔してる過去に

戻れるならもちろん全力で

やり直したいけど

そうじゃなかったら

今でいいのだ

というような文章が出てくる。

 

 

 関東も梅雨があけた。

今日の故郷の東北も

まるで夏のような天気。

わたしは今まで避けてきた

シンプルな白いTシャツに

紺色のデニムを身に纏っている。

髪は少し短くなった。

ここに余計なものは何一つとしてない。

とりあえず、いまのここにいるだけの

自分は嫌いじゃない。

悪くない。

 

 

とりあえず、いまは

それだけでいいのだ。

 

 

 

 

スウィート・ヒアアフター (幻冬舎文庫)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、あの日

わたしは本当の意味で

死んだんだなって

心のなかの何かが

死んでしまったんだなって

今さらになって気がつく。

私が今いる場所は

余生でも休憩所でもなく

透明な地獄と天国だ

 

天国にいると気持ち悪くなる

地獄にいきたくなる。

逆も然り。

全く気持ちが落ち着かない。

自分の心の場所が

なくなってしまった。

 

一度失ってしまったら

絶望して死にたくなったとこまで

一度経験してしまったら

そこのぬかるみから

完全に抜け出すのってムリな話。

 

 

 

あの瞬間、

わたしは世界の外側に

落とされてしまった。

 

 

 

ここは透明な天国で

ここは透明な地獄だ。